ソニーAIの卓球ロボット「Ace」、公式ルールでトップ選手に勝利 ネイチャーに論文掲載
ソニーAIの自律型卓球システムAceが2025年4月の対戦でエリート選手に5試合中3勝し、Tリーグのプロ選手2人には2敗したと、2026年4月22日付の英科学誌ネイチャーの論文で明らかにした。ソニーセミコンダクタソリューションズのイベントベースビジョンセンサー、8自由度のアーム、シミュレーションで学習した強化学習方策を組み合わせ、ボール位置認識の遅延は平均10.2ミリ秒。

ソニーグループの研究組織ソニーAIは、トップレベルの卓球選手と互角に戦える初の実世界の自律システムを開発したとする論文を英科学誌ネイチャーに発表した。2026年4月22日付で同誌652巻に掲載された論文によると、ロボット「Ace(エース)」は公式競技ルールのもと、エリート選手との5試合で3勝し、プロ選手との2試合はいずれも敗れた。
内訳はこうだ。10年以上の本格的な練習歴を持ち週に約20時間練習するエリート選手5人(女性3人、男性2人)に対し、13ゲーム中7ゲームを取った。国内プロリーグTリーグで活躍するMinami Ando選手とKakeru Sone選手に対しては7ゲーム中1ゲームだった。対戦はすべて2025年4月に行い、全員がロボットと初対戦だったと論文は記す。
サーブが武器になった。Aceは15種類のサーブを使い分け、エリート選手相手にサーブからの直接得点を16点挙げ、相手側は計8点だった。プロ相手には13種類で4点を挙げ、相手は7点だった。2025年4月と12月に計12人と対戦した記録を載せるソニーAIのプロジェクトページは、プロ選手から初勝利を挙げたとしているが、この結果は査読を経た論文には含まれていない。
システムは3つの要素で構成する。認識では同期した通常カメラ9台が200ヘルツでボールの3次元位置を三角測量し、視線制御装置3基に載せたイベントベースビジョンセンサーがボールに印刷されたロゴを追って回転を推定する。ボール位置の特定にかかる遅延は平均10.2ミリ秒。イベントセンサーは仏プロフェシーと共同開発したIMX636、通常カメラにはソニーのPregius(プレジウス)IMX273を使ったとソニーAIは説明する。
アームは左右移動用の直動関節2つと回転関節6つからなる8自由度の専用設計だ。構造部材はスカルマロイ(Scalmalloy)をトポロジー最適化し、アクチュエーターは1ミリ秒単位で同期させる。ラバーはバタフライのディグニクス05を使う。論文によると、秒速14メートルまでの打球を安定して返球し、毎秒450ラジアンまでの回転で75%超の返球率を保ち、最大の並進速度は秒速16.4メートルに達する。
制御は深層強化学習が担う。研究チームはソフトアクタークリティック(SAC)アルゴリズムで方策をすべてシミュレーション内で学習させた。方策にはノイズを含む入力を、評価役のクリティックには真値を与える非対称構成をとった。シミュレーターは速度で変わるマグヌス効果、卓球台での弾み方のばらつき、ニューラルネットで補正したボールとラケットの接触を再現した。方策は毎秒31.25回行動を選び、それを衝突を避ける軌道に変換して1キロヘルツで実行する。サーブの組み合わせは遺伝的アルゴリズムで生成した。
論文の著者は50人を超え、筆頭著者はPeter Dürr氏、最終著者はMichael Spranger氏で、主な所属は東京のソニーAIだ。センサーはソニーセミコンダクタソリューションズが供給し、卓球用品ブランドのヴィクタス(Victas)が選手の招へいやデータ面で協力した。
日本の産業にとって意味は大きい。ファナックや安川電機、川崎重工業の産業用ロボットは高速だが、決められた軌道を柵の中で繰り返すのが基本だ。Aceは予測できない入力に数十ミリ秒で反応する学習型制御を示した。人手不足で人とロボットが同じ空間で働く場面が増えるなか、物流のピッキングや人への受け渡しといった用途で求められる能力に近い。画像センサーで強みを持つソニーが、センサーから学習、統合までを自前で示した点も見逃せない。
限界も結果に表れている。論文の対戦ではプロ2人に敗れ、システムは卓球台1台をカメラ12基で囲む据え置き型の設備だ。計算資源や学習時間、費用は開示していない。ボールと台のように精密にモデル化できない作業に通用するかも検証されていない。
- エリート選手
- 5
- 5
- 3
- 13
- 7
- 16
- 8
- プロ選手(Tリーグ)
- 2
- 2
- 0
- 7
- 1
- 4
- 7
数値はすべてネイチャー論文(DOI 10.1038/s41586-026-10338-5)の開示値。各選手と1試合ずつ対戦したため試合数と選手数は一致する。ソニーAIのプロジェクトページが触れた2025年12月の対戦結果は含まない。
2026年10月1日時点
ROBOTNESS分析
Aceの意義はスポーツの記録よりも、イベントベースビジョンとシミュレーション学習の強化学習を組み合わせれば、ロボットを高速な接触作業から遠ざけてきた遅延の壁を越えられると実証した点にある。
根拠は技術構成にある。10.2ミリ秒の認識ループ、1キロヘルツの軌道層の上で31.25ヘルツで動く方策、人間相手の秒速14メートルの返球は、演出された実演ではなく公式ルールの試合で計測された。センサー、学習研究、システム統合を1つのグループで持つ企業は少ない。
最も有力な反論は、卓球が閉じた世界だという点だ。ボールの物理特性は精密にモデル化でき、作業空間は固定され、カメラも周囲に配置できる。工場や倉庫には柔らかい物体や雑然とした配置、遮へいがあり、同等のシミュレーション精度を得るのははるかに難しい。
強気シナリオ。素早い反応が必要なロボットでイベントベースセンサーが標準となり、ソニーセミコンダクタソリューションズがAceをその市場の参照設計に位置付ける。学習手法は高速仕分けや物体の受け止め、人との受け渡しに広がる。
弱気シナリオ。Aceはかつてのゲーム用AIと同様に研究の見せ場にとどまる。イベントビジョンは新たなソフトウエアを要するため顧客は従来カメラを使い続け、ソニーもロボット事業には結び付けない。
注視すべき兆候:
- ソニーセミコンダクタソリューションズが2027年3月期中に、ロボットメーカー向けのイベントベースセンサー製品や参照キットを発表するか。
- プロジェクトページが触れた2025年12月の対戦とプロからの勝利が査読論文として報告されるか。
- ソニーAIが同じ認識と制御の構成をスポーツ以外の操作タスクに応用した続報を、CoRL 2026やICRA 2027で発表するか。
- ネイチャー、2026年4月22日、652巻8111号886〜891ページ
- ソニーAI(東京)
- 5試合3勝、13ゲーム中7ゲーム獲得
- 2試合2敗、7ゲーム中1ゲーム獲得(Tリーグ所属2選手)
- 2025年4月、公式競技ルール
- 平均10.2ミリ秒
- 200ヘルツの通常カメラ9台とイベントベース装置3基(IMX636、プロフェシーと共同開発)
- 8自由度(直動2、回転6)、1ミリ秒同期
- シミュレーション内でSACによる強化学習
- 秒速14mまで安定、毎秒450ラジアンの回転まで返球率75%超
なぜ重要か
ロボット学習の成果は多くの場合、ゆっくりした演出済みの作業の成功率で評価される。Aceは勝とうとする人間を相手に、数ミリ秒が勝敗を分ける速度で、勝ち負けによって評価された。人の隣で働くロボットに不可欠な、高速で相手のある物理的やり取りを学習型制御がこなせることを示した、最も明確な公開事例の一つだ。
ソニーの事業構図にとっても意味がある。画像センサー、AI研究、システム統合を1つのグループで持ち、論文はそれらが実システムでどうかみ合うかを記録した。ソニーAIと同じくらい、ソニーセミコンダクタソリューションズの力を示す材料でもある。
競合分析
論文自らが初と位置付ける通り、公式ルールでエリート選手に勝ったロボットの査読済み結果を出した組織はほかにない。競争の舞台は基盤技術だ。IMX636をソニーと共同開発したプロフェシーは、独立系のイベントビジョン企業として知られる。ロボット制御では米グーグル ディープマインド、フィジカル インテリジェンス、スキルドAIが汎用モデルを開発しているが、公開結果でここまでの反応速度は示していない。
国内ではファナック、安川電機、川崎重工業が高速で正確な産業用ロボットを持つが、プログラム済み軌道が中心だ。学習型制御と低遅延センシングをどう自社製品に取り込むかが、各社の次の課題になる。
企業価値の背景
ソニーはソニーAIやAceプロジェクトへの投資額を開示しておらず、成果を特定の評価額に結び付けることはできない。ロボット知能に対する市場の値付けを参考にすると、各社発表でスキルドAIは2026年1月に14億ドルを調達し評価額140億ドル、フィギュアAIは2025年9月に10億ドルを調達し評価額390億ドルだった。
ソニーにとってより直接の結び付きはセンサー事業だ。説得力のあるロボット用途は、イベントベースセンサーの需要拡大を後押しする。
サプライチェーンへの影響
Aceはプロフェシーと共同開発したIMX636とPregius IMX273という2種類のソニー製センサーを使う。アームはトポロジー最適化したスカルマロイ部材と1ミリ秒同期のアクチュエーターを備えた専用品で、ラバーはバタフライ製、選手招へいの協力先はヴィクタスだ。
この構成は、センサーメーカーがロボット統合へ近づくサプライチェーンを示唆する。イベントビジョンには専用の処理ソフトが必要で、センサー企業にはチップ単体ではなく認識モジュール全体を供給する動機が生まれる。減速機やモーターで世界的な地位を持つ日本の部品メーカーにとっても、モジュール化の流れへの対応が問われる。
今後の注目点
ソニーセミコンダクタソリューションズがロボットメーカー向け製品を発表すれば事業化の意思が読み取れる。2つ目はプロジェクトページが触れた2025年12月の対戦の査読付き報告。3つ目は同じ構成を操作、物流、人との受け渡しに広げるかどうかだ。
日程面では2026年秋のCoRL、2027年5月のソニー通期決算、ICRA 2027が確認の機会となる。
アナリストの見方
見立て:Aceは、低遅延のイベントベース認識とシミュレーション学習の強化学習を組み合わせれば、人との高速な物理的やり取りでロボットが競争力を持てることを示す、現時点で最も強い公開証拠だ。確信度:中。
査読を経ていること、公式ルールの試合で計測したこと、遅延と速度の数値が厳密に記録されていることが見立てを支える。一方で、環境が異例なほど精密にモデル化されていること、設備が据え置き型で大掛かりなこと、論文の対戦でプロ2人に敗れたことから確信度は高としない。
問うべき論点
Aceの性能は卓球ボールの精密な物理モデルにどれだけ依存しているのか。同じ精度でシミュレーションできない物体ではどうなるのか。論文が開示していない計算資源と学習時間はどの程度か。
ソニーはセンサーモジュールや認識の参照設計という形で一部を事業化するのか。2025年12月のプロからの勝利は、2025年4月の対戦と同じ水準で記録されるのか。